吉川支部ロゴ
極真館吉川支部 極真館吉川支部 極真館吉川支部 極真館吉川支部 極真館吉川支部
極真館吉川支部
  極真館吉川支部道場概要  極真館吉川支部支部長紹介思い出の写真なせばなる  極真館吉川支部指導員紹介

極真館吉川支部





 この写真は、私鈴木浩平が城東支部亀戸道場を任され、師範代を務めていた頃のものです。城東支部(田端道場・亀戸道場)と城南支部の夏の合同合宿時の記念撮影です。下に拡大写真を載せました。そうそうたる顔ぶれがご確認頂けると思います。

極真館吉川支部

1.沢柳俊夫氏 2.廣重毅氏 3.鈴木浩平 4.西田幸夫氏 5.郷田勇三氏  6.盧山初雄氏 7.山田雅稔氏 8.今村栄一氏
門田氏、中村金四郎氏(2列目)
他、うしろは、城東支部の道場生


 城東支部は、当初プロ空手のジムとして東京都北区田端にスタートしました(昭和51年10月㈱空手ファイト協会設立)。郷田勇三氏が会長、私は補佐と経理担当で、松田徹氏、沢柳俊夫氏、林万次郎氏、など数名の選手を集めて地方興行などをしていました。設立に当たって、全員が極真会館から除籍。覚悟の始動でしたが、翌年(昭和52年5月)、結局興行としては成功を見ず、ジムに設置されていたリングを撤去して、「城東支部道場」として再出発する事になったのです。翌53年には江東区亀戸に分支部、亀戸道場を開設。私が専任で指導にあたることになりました。

 この写真の頃の城東支部は、池袋の本部より風通しが良かったのでしょうか、また郷田勇三氏を慕って、多くの黒帯連中が集まっていました。当時、田端道 場で常に指導にあたっていたのが、盧山初雄氏、西田幸夫氏、沢柳俊夫氏でした。廣重毅氏、山田雅稔氏もよく顔を出し、訪問者は他に大山茂氏、芦原英幸氏、 大沢昇氏、など枚挙にいとまがありませんでした。
 今村栄一氏は、数年前に他界されましたが、池袋本部で壮年部として入門され1から修行を積んで黒帯を取得された方で、城東支部では多方面で援助を惜しまない親父のような存在でした。私自身公私共に大変お世話になりました。改めて、ご冥福をお祈り申し上げます。

 昭和53年6月廣重氏が城南支部を、昭和55年4月盧山氏が埼玉県支部を開設、その後、西田氏が城北支部を、山田氏が城西支部を、と次々に支部が開設され、その後も支部は徐々に全国に及び、今日に至ります。
 この写真は、極真空手が全国に広まり始めた時期のものと言えます。ゼロの状態から道場を始めて、多くの道場生を育て、極真の重鎮となっていった人々の一種の原点を物語っているように思えてなりません。

 私はというと、この後、昭和56年4月、諸事情により、城東支部を辞して再び一介の会社員に戻りました。「もう道場は持たない」と、周囲に宣言していた 私ですが、空手が染み付いた身体では、毎日の自主トレーニングは欠かせず、また私の後を追って城東支部を辞めて付いて来てしまった弟子も数人おりましたの で、近所の空き地や公園で小さな青空道場が続くことになってしまいました。それから約17年、吉川市での道場開設までのあれこれは、別の機会にお話しする 事にしましょう。


平成15年6月26日 極真館吉川支部



思い出の写真前ページへ 思い出の写真次ページへ

思い出の写真INDEXへ戻る


copyright