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 さて、二回戦の対戦相手は福岡の空手師範で四段の選手だったが、体格が私と同程度の小柄な人だったので、さほど苦労しないで勝つことができた。そして前大会同様なんとか三回戦進出を果たし、これに勝てば六位入賞というところまで漕ぎつけることができた。

 対戦者は同門の後輩ハワード・コリンズ選手で、彼は極真会館本部で修行するため苦労して金を貯め、はるばるイギリスからやってきたという空手一筋の好青年である。館長がつねづね、

「日本人は恵まれている。空手を学ぼうと思えば、その日から安い金で稽古できるが、外人は何年もかかって金を貯め、それからでないと日本へ修行に来られない。

 それだけに外人は稽古熱心だし、技の進歩も早く、われわれにとっては脅威だ――」

 と話されているが、まったくその通りだと思う。コリンズも一年半の間、本部道場裏の寮に住み込んで、日本人と同じ生活をしながら、ひたすら稽古に打ち込んでいた。来日した当初は、それほど強いという印象はなかったが、日を追って長足の進歩を見せ、はっきり「優勝を狙う」と豪語しての大会出場であった――

 いよいよ対戦の時が迫った。

 コリンズと私がマット上に対い合うと、期せずして館内に笑い声が湧いた。彼と私の体格的な差が、あまりにも際立っていたからである。155センチ58キ ロの私に対し、コリンズは178センチ90キロと、ざっと二回りも違うのである。これだけ差があると、観衆の誰もが勝負はついたと思うのも無理からぬこと であった。
「始め!」の合図と共に、私はローキックを多用して思い切って攻め込んだ。三分の試合時間のうち、最初の二分くらいは私の一方的な攻撃に終始した。客席で観戦していた弟や会社の同僚たちは、すでにこの時点で私の勝利は動かぬものと思ったらしい。

 ところが、である。勝負とはゲタを履いてみるまでわからぬものというが、まさにその通り、一寸先に思わぬ落し穴が待ち構えていたのである――

 ローキックとハイキックの連続攻撃でコリンズをコーナーへ追いつめ、さらに攻撃をかけようとしたところへ、コリンズが苦しまぎれに右の回し蹴りを振った。こめかみを痛撃された私は、次の瞬間、意識がなくなった。

 会社の同僚の話によると、私は大きくよろめいたものの倒れず、審判の指示に従ってマット中央に戻り、ふたたび攻撃に出ようとしたところ、今度はコリンズの後ろ蹴りをまともに水月に受け、そのまま前かがみにマット上へ倒れこんだそうである。
 空手之道に入って初めて経験するダウンであった。私はものの二、三秒で立ち上がり、攻撃姿勢を示したが、すぐに審判のストップがかかり一本負けとなっ た。そしてマットを降り、控室で弟に手伝わせて着替えを済ませたというのだが、じつはその間のことを私はまるで覚えていない。

 完全に意識が戻ったのは、それから一時間もたってからである。大観衆が盛大な拍手で私のファイトぶりを讃えてくれたと弟から聞き、私は敗北のにがさを忘れた。

「あのままローキックで攻撃されつづけていたら、自分が負けていたかもしれない――」

 と、試合後、コリンズが周囲の者に語ったそうだが、私自身、

「あれがもし二分間の試合だったら――」
 
と、惜しい気がしないでもない。が、ともあれ結果は私の完敗であり、コリンズはこの試合のあと更に調子を上げ、三浦美幸と激烈な優勝争いを演じた末、堂々二位に入賞したのは立派であった。

 
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コリンズ選手を果敢に攻める



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